三連休の収穫(1)
段々と秋も深まり富士山では初冠雪のニュースを聞いた三連休。
私は都内でライブに行ったり、講演会に行ったりして過ごした。
講演会は杉山響子さんの「あの世のお話会」だ。
杉山響子さんは作家・佐藤愛子さんの娘だ。
こういう言い方をすると失礼かもしれないし、響子さんは嫌がるだろうが、「蛙の子は蛙」である。つくづく才能というのは持って生まれたものだと思う。
彼女との出会いはもう何年前だろうか、先にご主人の杉山弘幸氏に友人を通して出会い、その後奥様の響子さんに出会った。
響子さんの講演会は以前にも何度か聞きに行ったが、最初は少人数での講演会だった。
それが口コミで広まり、「あの世のお話し会」として講演会を定期的に行うと決まってからはいつも満席だそうだ。
響子さんはブログも書いている。「のろ猫プーデルのひゃっぺん飯」と言うタイトルで、これもまたとても面白い。
ブログを読むのが好きな友人に勧めているのだが、皆口をそろえて言う
「もうさ、困るんだけど!電車の中で読んで笑いが堪え切れず思わず噴出して、周りの人に変な顔されたんだから!」
そうなのだ、響子さんのブログは面白すぎて危険なのだ。くれぐれも閲覧注意で是非読んで欲しい。ただし、電車の中で噴いても私は一切関知しないためご了承あれ。
私もブログを始めたが、響子さんの様な文章はとても書けない。
そもそも土壌が違うのだから仕方ないが、たまには「ぶぶーっ!」と吹かせる様な文を書いてみたいと羨望している。
その響子さんの講演会もこれまた面白いのだ。
「あの世のお話し会」なのでタイトル通り、「人は死んだらどうなるのか、今生きているのはなんのためか、そしてどう生きていくのか」などをテーマにアシスタントのNaoさん(Naoさんは霊能者なのだ)との対話型で進んでいく。
内容については上手く伝える自信が無いのだが、いつもNaoさんには視えるが響子さんには視えないので、視える人からしたらかなり無謀な行動を取ってしまうらしい。
今回はパワースポットと呼ばれる場所にNaoさんと行き、怪しげなものと出くわしたが、視えない響子さんは例のごとく「だって視たいじゃない!」と好奇心旺盛に行動し、Naoさんしては堪ったモンじゃなかったという、そんな二人の珍道中の話で大いに沸かせた。
勿論それだけではない。
講演会で聞いた中でとても印象に残った話しがある。
かの有名な詩は日本人なら誰もが義務教育の時代に習う。そして先生は必ず「宮沢賢治のような立派な人になりましょう」と言うのだ。
しかし、響子さんはこう言った「『ソウイウ人ニ私ハナリタイ』と締めくくった宮沢賢治はそういう人ではなかったって事で、とても人間らしい」と
「あの詩は宮沢賢治の、そう成りたいとの希望で、そういう心がけを持って生きていくことに意味があると言いたかったのではないか」と。
確かにそうだ、あの詩のような人間になることは難しい。だから宮沢賢治も「ソウナリタイ」と締めくくったのだ。
響子さんはこうも言った。
「東日本大震災の時の日本人は本来持っている他人への思いやりの心を持ってあの震災を乗り切った。犠牲も大きかったが得るものもあった」
「あれから4年しか経っていないのに、また凄惨な事件が起きている昨今。思いやりや慈悲の心を育てて行かないと益々日本は荒んだ国になってしまうだろうと危惧してやまない」と
参加した誰もが考えさせられた時間だった。
講演会の最後、宮沢賢治の詩ではなく、別の人物が書いた名言で、「よければトイレに貼ってください」と響子さんが書き写したという紙を貰ってくるのを忘れた。
誰の名言だったかも覚えていないので、得意のネットで検索する事も出来ない。
誰か知っている人が居たら是非教えて欲しい。
残念な事に響子さんの「あの世のお話し会」はあと一回で終了になる。次回は12月を予定しているそうだ。その後の予定は今のところ無いと言っていた。
次回参加出来るかどうかわからないが、またいつか講演会を開いて欲しいと思う。
そして、ブログの方も暫く休止すると言っていた。
こちらは終了ではなく休止と言うことだが、いつ再開するかはわからない。
私としては本にして欲しいと願っているのだが。
三連休の一日目は、心にほんわかと何かを思い出させてくれた収穫ある一日だった。