季節外れの話
日中も過ごしやすくなり、朝夕はちょっと冷える様になってきました。
もっと早くに書こうと思っていたのに書きそびれていた話を一つ。
季節はずれかもしれませんが、不思議な出来事です。
◇
私の父親は再婚で、田舎に住む私とは離れて暮らしていた。
15歳か16歳の時、東京に住む父の家に遊びに行った時の事。
父の家は小さい借家で、三部屋しかなく、そこで父と再婚した義母と、義母の母親と三人で暮らしていた。
私が遊びに行った時、狭い家のため、義母の母親の部屋を客間として提供してくれた。
私が滞在する間は父と義母とおばあちゃんは同じ部屋に寝ると言う。
私は別にどこの部屋でも良かったのだが、実はその部屋だけは勘弁して欲しいと思っていた。なぜならその部屋は仏間でもあったからだ。
小さい頃から仏壇がある生活をしていたので、仏壇自体が怖いと思った事は無いのだけれど、なぜだかその仏間に寝るのは正直嫌だなと思ったのだ。
しかし、狭い家の事。わがままも言えず、おばあちゃんに「ありがとう」と言い、その部屋に寝ることに。
一日目は、移動の疲れもあってか、特に何も無かった。
二日目、父と買い物に行き、服などを買って貰った私は、最初感じた「嫌だな」と言う事はすっかり忘れ、次の日の事を楽しみにしながら眠った。
(確か次の日は午後から山梨に泊まりで行き、翌日は富士急ハイランドにスケートに行く予定だった)
深夜(たぶん)何人かの話し声で目が覚めた。
「誰かお客でも来たんだろうか?今何時だろう」
そう思ったが、特に気にもしなかった。
しかし、その話し声はだんだん大きく聞こえるようになった。
それも枕元から聞こえる気がした。
頭の上は障子で外は広い庭とその先は隣家だ。
「うるさいな、まったく、隣の家かな」
そう寝ぼけ眼で壁にある時計を見ようとした。
その時、「あれ、私電気消さないで寝たっけ」
壁の時計が何時なのかは判別できなかったが、部屋が薄っすら、黄色く明るい事に気がついた。
それは蛍光灯の豆電球が点いているくらいの明るさだ。
私は真っ暗にして寝る習慣があったので、てっきり電気を点けたまま寝たのだと思い、消すために起き上がろうとした。
そして気がついた。体が動かない。
「あ、しまった。これって金縛りだ」
そう思った時、枕元の話し声は更に大きく聞こえた。
でも何を言っているのかは判らない。
何人かの声で、言い争いをしているような感じだ。
私は悟った。枕元の声は仏壇のほうからしていることに。
仏壇は私の枕元の左側に置いてあった。
布団は仏壇の正面を避けて、少し下に敷いてあったので障子から仏壇の幅分は
空けてある。
声はその辺りから聞こえた。
私はとりあえず「般若心経」を心の中で念じた。
いつもなら「般若心経」を心で念じれば金縛りは解けるのに、その日に限って金縛りは解けず、声は益々大きくなって行く。
私は段々怖くなって来た。
「やばい、お経が効かない、どうしよう」
何とか声を出して、隣に寝ている父に知らせようと思ったが、声が出ない。
その時、誰かが右手の辺りに座って居る事に気がついた。
「ひっ!誰」そう言ったつもりだが声が出ない。
その人は、体を乗り出し、私の顔を見た。
私は顔を見ても誰だかわからなかった。
ただこんなにもはっきり見えるのがとても怖かったが、体は動かないし、声も出せない。
枕元の声は益々大きく、怒鳴っている様にも聞こえた。
その人は日本髪の様な髪型をし、縦じまの着物を着ているようだった。
じっと私の顔を覗き込むと、右手を顔に近づけて来た。
半ばパニックを起こしそうだった。
しかし、目を閉じようにも何故だか目が閉じれない。
「殺される?首を絞められる?幽霊って人殺せる?」
短時間の間に色んな事を思った。
しかし、その手はゆっくりと私の上を行ったり来たりした。まるで、さする様にだ。
「何をしているんだろう」
そう思ったが、手が振られる毎に枕元の声が遠ざかり、私は意識が遠くなるのを感じた。
そして、「そろそろ起きなさい」と声を掛けられるまで眠っていた様だった。
熟睡したのかどうだかわからない状態だったがとりあえず起き出した。
朝ごはんの後、何気なく「そういえば、あの仏壇には誰がいるの?」と聞いた。
義母は「私の先祖を奉ってお参りしてるんだよ、位牌とかは本家にあるんだけど、あまりお参りしていない様だから母と一緒にここでお参りしてるの」と言った。
「ふーん、じゃあご先祖様は沢山居るんだね」と言った私に何かを感じたのか、
「過去帳に沢山奉っているけど、何かあった?」と聞かれたので、昨夜の話をした。
「縞の着物ね、そんな人いたかしら」そういいながら、古いアルバムを持って来た。
「明治以降の人なら写真があるかもね」おばあちゃんも「最近見ていなかったね」
と目を細めながらページをめくっていた。
「これが私の子どもの頃の写真だよ」と見せてくれたりした。
その時代から写真を撮ることが出来たと言う事はお金持ちだったんだね
などと話しながらおばあちゃんに任せて、隣で写真を覗いていた私は一枚の写真に驚いた。
「あ、この人だよ、夕べの人」と20人くらいの女の人が並んでいる写真の中にその人が居たのだ。
その写真は同じような縞の着物を着ていて、下は袴だったり、そのまま着物だったりだが、皆日本髪の様な髪型をしていた。
何かの記念撮影なのか、三段ほどに並んだ中に夕べの人が居たのだ。
おばあちゃんは私が指をさした人の顔を見て、突然泣き出した。
「○○姉さん」
私は聞き取れなかったが、確かに「姉さん」と言った。
しかしそれっきり泣いてしまい、私はいたたまれなくなって、片付けを装って台所に行った。
その間義母が聞いた話によると、その人は若くして亡くなったおばあちゃんのお姉さんで、写真は女学校の記念撮影だったそうだ。
その人は歳が離れていたので、おばあちゃんの面倒を良く見てくれたそうだ。
その日、出掛ける時間が来るまで、おばあちゃんは私と口をきいてくれなかった。
義母に聞くと、「なぜ血のつながりの無い私の所に出て、自分のところに来なかったのかが不満なんですって」と教えてくれた。
「そんな事言われても」と言ったが、
「まぁ、年寄りは子どもみたいになる時があるから我慢してやって、貴女とお父さんが旅行から帰って来る頃には忘れてるから」
そう言われ釈然としないがそれ以上何もいえなかった。
それより、これからちょっと大変だと義母は言う。
その人は過去帳に書いていないらしく、これから本家に問い合わせて調べて過去帳に載せないといけない。おばあちゃんの為に写真も引き伸ばして飾ってあげたい。
とやらなければいけない事があるそうだ。
それより、あの話し声はやはり義母側のご先祖様だったのだろうか?
それが何故私の枕元で議論の様な話をしていたのだろうか?
そして何故あの人は私を助けるかのような行動をしたのだろうか?
結局良くわからないまま私は滞在日数を終え田舎に帰ったのだった。
その後、その集合写真から引き伸ばされた写真は仏壇の上の方に義母の父親と一緒に飾られ、数年後におばあちゃんも亡くなり、おばあちゃんとお姉さんは一緒に並ぶ事になった。
おばあちゃんはお姉さんに会えたのだろうか?そして、何故自分のところに会いに来なかったのかと文句を言ったのだろうかとちょっと思った。
そして父達は何度か引越しをしたがその写真は今でも仏間に飾られているはずだ。
実は今でもその写真を見ると、あのときの恐怖が背筋を撫でる。
助けてくれた感謝はあるが、写真で見つけた時も背中がゾワっとした。
今まで色んな不思議な体験をしたけれどもその中でも忘れられない出来事の一つだ。
◇
そんな季節はずれの話でした。