碧い鱗

青が好きです。魚の体を覆っている鱗の様に今の私を形成している想いでや出来事をチラチラと散りばめて書こうかと・・・

やってはいけないと言われていることをやった結末・・こっくりさん

中学の一年の時、女子の間でコックリさんが流行った。

確か小学校の時もちょっと流行っていた。でもその時の私は余り興味がなかったのか、
「誰々がやっているらしい」と聞いても、「ふーん」という感じだった。

だからコックリさんが具体的にどういうものかは把握していなかったのだが、名前からして良くない物だと言う事はなんとなく感じていた。
だって「コックリさん」て狐の事でしょう?
現在ではどうか知らないが、私が子どもの頃は「コックリさん」は狐の神様の事だった。

田舎の近所にあった神社は隣が公園で、子供会のソフトボールの練習はいつもそこだった。
その神社の横の山にはお稲荷さんが祀られていて、私はそこのお稲荷さんがなぜかとても怖かったのだ。

そのお稲荷さんの小さい祠はちょうど公園の山壁に途中にあった。なので、たまにホームランで、祠の近くまでボールが飛ぶことがあった。
ソフトボールチームでは外野をやっていたのだけど、その祠周辺にボールが行ってしまうと一人で取りに行くのが嫌だった。
それでも仕方ないので、「すみません、お邪魔します。ボールを取らせてください。」とお願いしながら取りに行ったものだ。

なぜそんなに怖かったのかは今でもわからないが、他のお稲荷様は平気でも、そこのお稲荷様は駄目だった。
もしかしたら、うんと小さい頃、祖母に何か吹き込まれたのかもしれない。

そんな記憶があったから小学校の頃は興味を示さなかった、いや、興味があっても恐怖の方が勝っていて、手を出さなかったのかもしれない。
それが中学になると、そんな事を怖がるのは可笑しいし、格好悪いとでも思ったのか、コックリさんに誘われたら、平気な顔をして、
「よかよ~」と気軽に手を出してしまったのだ。

最初はなんてこと無かった。
十円玉に置いた指が動くことはあっても、きっと誰かが動かしているんだろうと思った。
誰も動かしていないと言っても、心の中では誰もが、「誰かがやってる」と疑っていても、その事は遊びの中のルールで追求しないのだ。

しかし、何回かコックリさんに参加しているうちに、「ユミの入るぎ良う動くっちゃんね」と言われるようになった。
私は「そがん事なかさー、気のせいばい」と言いながら、ちょっと得意になった。
自分には霊能力があると思っていたし、その事は幼馴染達は何人か知っていた。
でも祖母に「言いふらしたらいけんばい」と言われていたので、「そがん事はなか」と言ってはいたが、完全に否定することは無かった。

コックリさんの紙の書き方は何通りかあった。
上に赤い鳥居を書き、次に数字を0から9まで書く、そして右から、縦書きで、ひらがなで50音順に表を作り、下段には「はい」「いいえ」を左右に振り分けて書く。これが一般的だ。
それか、数字と五十音と「はい、いいえ」の位置が前後した物だ。

しかし、その事が起きた日は誰だったか忘れたが、違うやり方をした。
なんでも良く当たるやり方なのだと言う。
誘ったのはAとNだ。どうしても一緒にやって欲しいと言ってきた。
その日は部活も無く、特に用事も無かったが、空模様が怪しかったので、傘を持っていない私は早く帰りたいと思っていた。
でも、「せっかく用意したとに、ユミのおらんぎつまらんし、大事か事ば聞きたかとやっけん、来てくれん?」そう言われて、断れなかった。
中学生にとっての大事な事は大抵が「好きな人」の事と「嫌いな人」の事だ。
大人から見ればつまらない事でも中学生にとっては「命がかかる」くらい大事な事だった。

コックリさんは一人から四人くらいまで出来る。要は十円玉に指が乗る人数までなのだろう。
その日は私を含め4人居た。
三人とも別の小学校から来ていて、内二人はAとNだが、残る一人に私は驚いた。
彼女Mさんは美人で頭も良く、スポーツも万能で、男子ならず女子の憧れの存在だった娘だったからだ。
コックリさんに興味があるような人物だと思っていなかったが、今回聞きたいことがあるのは彼女だったらしい。
「ごめんね、無理言うたごて、そいでん、どがんしてでん知りたかったと」とMさんは私に気遣った。
「良かよ、答えらすぎ良かね」と言い、なんだかドギマギして紙に注意を向けた。
彼女の知りたいことは好きな人のことだった。私は皆の憧れの人の秘密を共有してしまうのかと思ったら、有頂天になりそうだった。
だから平静を装って、その新しいやり方の紙に注意を向けた振りをしたのだ。

紙を見て、「あれ?」と思った。違うやり方と聞いていたが、別段変わった所が無かったからだ。
違うといえば、赤い鳥居の直ぐ下に「はい、いいえ」が書いてあり、数字、五十音となっているだけだ。
そのパターンのものは見たことがある。
「こい、いつもと変わらんごたっけど、なんが違うと?」と私は聞いた。
Nは「じゃーん」と言って、ポケットからチビタ鉛筆を取り出した。
二センチ位まで使い込んだ鉛筆だ。
「この鉛筆ばば、ここに置いて、「はい、いいえ」は鉛筆が教えらすとて」と赤い鳥居の下に鉛筆を置いた。
「言葉や数字は今までどおりたい」と説明した。
私は「ふーん、鉛筆の動くぎ怖かね」と何気無く言ったが皆は本当に信じていないのかどうか、「どがんなるかはやってみんぎ判らんたい」と興味津々なだけだった。

教室から見る校庭は段々暗くなり、風も出てきた様だった。
だが、コックリさんをやる時は窓を数センチ開けておかなければならない。そうじゃないとコックリさんが出入り出来ないからだ。
でも、教室のドアは誰かに見られたく無いので閉めてあった。

「そいぎ、始めようか」
「あ、その前にこの事は内緒にしといてくれんね」とMさんが言った。
「もちろんばい」と三人は返事をした。
その子は安心したかの様に十円玉に指を置いて、コックリさんを始める事になった。

お出迎えの言葉を唱え、皆で鉛筆を凝視した。
「コックリさん、コックリさん、おいでください。いらしたら「はい」とお知らせください」
何度か唱えたが、暫くは何も無かったが、鉛筆は不意に「はい」を指した。
四人は悲鳴を飲み込んだ様な「ヒッ」って音を出したが、誰も言葉を発しなかった。

目でMさんを見た。今回の質問者は彼女だからだ。
彼女は深呼吸をして、「コックリさんコックリさん○年の○○さんに彼女は居ますか」と聞いた。
鉛筆は転がったのか指したのか、「いいえ」方に寄った。
「こい、いいえって事かな。誰かの息のかかったとやなか?」と美人の彼女は言ったが、皆が首を振って違うと意思表示したので、
気を取り直して「○○さんに好きな人は居ますか」と続けた。
鉛筆は益々「いいえ」に転がった。
気を良くしたMさんは「告白したら付き合えますか?」と聞いた。
私は鉛筆を凝視した。出来れば「はい」に動いて欲しかったが、鉛筆は益々「いいえ」に転がり文字の上で止まった。
皆「えー」と声を出した。完璧のMさんに告白されてなびかない男がいるもんかと言う「えー」だ。
Mさんは「そうたいね、急に告白しても困らすたいね、ちょっとずつアピールするぎ良かかも」と気を取り直して、
「コックリさんコックリさん、○○さんと友達になれますか」と聞いた。
鉛筆は微かに「はい」の方に動いた。
Mさんは満足したのか「もう良かよ、聞きたか事聞けたけん」と言った。
別の友人が「もう良かと、他に聞く事なかと?」とつまらなそうに言った。
私もそう思ったが、さっきから頭痛がしていたので、早く終わらして帰りたいと思っていた。
それに、Mさんが好きな人は私と同じ小学校の出身で、家も割りと近かった。
私は「○○君、知っとうよ、家近かもん」と言った。
Mさんは「本当?そいぎ色々教えてくれんね」と目を輝かせて言った。私は嬉しくなり「うん、良かよ、応援すっけん」と答えた。
「そいぎ、本なごて終わりで良かね」と別の友人は言い、終わりの言葉を唱えた。
「コックリさん、コックリさん、ありがとうございました。お帰りください・・・・」とその時、教室の後ろのドアがガタガタと音を立てた。
びっくりしてドアの方を見ると、どうやら怪しい天気に早めに部活を切り上げた男子が入ってこようとしてドアを鳴らしたようだ。
「はよ、終わらんば」と言って続きを唱えようとしたNさんが「あっ」と声を上げた。
見ると十円玉からMさんの指が離れていたのだ。ドアの音に驚いた拍子に外れてしまったのだ。
急いで、Mさんは指を戻したが、コックリさんのルールではお帰りいただくまで指を離してはいけなかった。

鉛筆はと見ると、「いいえ」から動いていなかった。
「これ、はいに戻らんばいかんとやなか?」と誰かが言ったが、皆顔を見合わせるだけだった。廊下では、男子が今度は前のドアをガタガタ言わせた。
「だいかおっと?何、閉めとっと、開けてくれんね」と言っていた。
皆早く終わらせたかったが、コックリさんが帰ったかどうかわからなかった。

今度はちょっと開けた窓がガタガタ鳴り出した。風が強くなってきたのだと思うが、誰かが
「今帰らしたとやなか?窓から」と言った。みんなそう思いたかった。
皆で顔を見合わせて、もう一度帰りの言葉を言ったが、鉛筆も十円玉も微動だにしなかった。
そこで、「せーの」で十円玉から指を離した。
正確に言えばMさんは一度離していたのだが、皆そのことには触れなかった。

十円玉を離した途端「痛い」と私とMさんは言った。
Mさんは手を押さえていた。指がビリッとなったと言っていた。そして私はこめかみがビリッと痛くなり、頭を押さえた。

「早よう開けんか」と男子が怒って言っていたので「はーい、今開けるけん」とAがドアを開けた。
「何、閉めよっとか!」と怒りながら入って来た男子だったが、人気者のMさんを見て、「おっと」と黙った。
Mさんは男子に「ごめんねー、話よったけんさ、そいぎユミありがとうね、あ、うちんこともMって言うてね」と言ってAと教室を出て行った。
「大丈夫ね」とNが言った。私はズキズキしていたが、「うん、大丈夫。もう帰ろう」と言って帰り支度をした。
とにかく早く教室を出たかった。

それから私は一人バス停に向かいバスに乗って家に帰ったが、その間中頭が痛かった。
しかし、家に帰ったとたん痛みが無くなったため、その日の事は日常の色々な事に紛れてしまった。

しかし、コックリさんは帰っていなかった、頭痛は始まりだったのだ。

・・・・・つづく・・・・・