碧い鱗

青が好きです。魚の体を覆っている鱗の様に今の私を形成している想いでや出来事をチラチラと散りばめて書こうかと・・・

田舎の事件2

私が小学生の時、田舎で大事件が起きた。
それはプール開きの少し前、同じ県内のある町の小学校のプール用トイレの浄化槽の中から遺体が発見されたのだ。
その事件の話は全国ニュースになり、私の住む町にも瞬く間に広がった。
しかし、同じ県内と言っても名前も知らない様な場所で起きたので、いつものニュースと同じように「えすかねぇ」位で見ていた。

が、その事件は他の場所でも起き、連続殺人として取り扱われることになった。
当時、連続殺人事件なんてテレビのドラマの中でしか知らなかった私は、同じ県で起きたと知って、妙に興奮したのを覚えている。
大人たちの心配をよそに、子どもは盛り上がっていた。

プールの浄化槽と言うのは学校の外れにあり、盲点だったと言う事から、近隣の全ての学校の浄化槽の点検が行われることになったらしい。
私の小学校でも念のためすべての浄化槽の点検が行われることになった。
浄化槽は所謂汲み取り式トイレが溜まるところで、地下に埋められ、外にマンホールの取り出し口がついている。
マンホールの蓋は重く、普通そこを開けるのは汲み取り業者のみだ。
地元警察の立会いの下、汲み取り業者と学校の先生が共同で作業を行った。

学校が休みの日に行われたのだが、物見高い子どもはわざわざ学校に出向き、遠巻きに作業を見ていた。

「どうせ何もなかたい」と噂する子ども達が見つめる中作業は進み、運動場の横にあった資料室の外トイレの浄化槽が開けられた。
いや、トイレと言うより便所だ。
いかにも「トイレの花子さん」が住んでいそうなその便所は一人で入るには怖いため、滅多に使用されない。

このトイレが最後だったので、飽きて運動場を駆け回る子や、帰る子が出始めていた。
その時、作業をしていた誰かが「あっ」と声を出した。
途端に緊張が走り、警官が「そーっと、そーっと」と指示を出していた。

「なんかあったとちゅ?」と皆そちらを注視しているが、だれも側に寄ろうとはしなかった。
それもそうだ、浄化槽をさらうと言う事は臭いも相当なものだからだ

警官がシートの上に置かれた物の一部に水をかけているのが見えた。
そして屈んで観察したと思ったら、教師と一緒に走って職員室に消えた。
業者はとりあえず作業を続けていたが、遠巻きに見ている私達にも緊張が伝わって来た。

近くまで見に行っていた男子が戻って来て、興奮した顔で「骨ばい!骨の出たごた!」と言った。
私とみっこちゃんは「えー」と驚くしか無かった。まさか自分の小学校の浄化槽で骨が見つかるなんて思っても居なかったからだ。
いや少しは期待したかも知れない。もし全国ニュースになるような事になったらどうしようと、何だか私達も興奮した。
男子は「テレビの来っばい!」とか「おい写りたか」とか勝手な事を言っていた。
見かねたみっこちゃんが「何ば言いよっと、誰かの死なしたかもしれんとば、殺人鬼のおるかもしれんとば」と怒って言ったが、
「殺人鬼は男は狙わんけん、おいは大丈夫くさ」とか、「もし来たらおいが戦こうて捕まえるばい」とか益々興奮して埒が明かなかった。

そのうちサイレンと共にパトカーが何台も来て、おまわりさんがトイレの周りに立った。
校長先生も来た。これは本当に事件になるのでは無いかと思って私達は作業を見守っていたが、
点在して見守っていた所に先生がやって来て家に帰る様に言われた。
男の子達は抗議したが、当時の子どもにとって、先生の言葉は絶対だった。
特に家が遠い私とみっこちゃんは早く帰る様にキツク言われた。

私達は仕方なく学校を出て、それでも暫くは学校の裏門の所から様子を見たりしながら、それでも夕飯前までには家に帰った。
家に帰って直ぐにその事を祖母に伝えた。
祖母は「そいぎ、夜のニュースで流れるかも知れんけんNHKにせんば」とチャンネルをNHKにした。
しかしその日のニュースでは流れなかった。
祖母は「まだ調べる事のあっけんニュースにせんとかも知れん」と言った。私はその時はその意味がわからなかったが、警察がニュースにしたくなかったのだとうと言われなるほどと思った。


次の日、学校に行ったらクラスでは昨日の話で持ちきりだった。
私もその場に居たことは先に来ていた男子によって伝わっていたのか、教室に入って直ぐに、昨日見に来なかった子から「あんたも行ったと?見たと?」と聞かれた。
「うん、そいでん何かわからんやった」と答えたが、その子は「見たと!えすか!」と大げさに騒いだ。
実際に骨だと確認した男子が「あいは小さかったけん、こまか子どもかも知れん」と言うと、女子達は顔を覆って悲鳴を上げた。

先生が入って来て朝の会が始まったが、興奮した生徒達は口々に、「先生、昨日のとか、ほんなごて骨やったと?」とか、
「あのトイレはどがんなっと?」と言った。「はいはい、今から説明すっけん静かに」と言われ生徒は先生の言葉を待った。

先生は生徒を見回し、「昨日、運動場の横のトイレの浄化槽の中から骨が見つかりました」と告げた。
途端、悲鳴や興奮の混じった声が漏れたが、先生が続きを言うために制したので、生徒は口に手を当てながら次の言葉を待った。
「骨は出たばってん、あの骨は人では無く犬でした」と続けた。

息を殺していた子はため息を吐き、男子の中には「なーんや」と言う子が居たり、「良かった」と言う子が居たりで、騒然となった。
先生はそんな生徒を制止、「犬やったばってん、犬が自分で入る訳なかろう?蓋は閉まっとったけん」と言った。
「先生、そいでん便器の方から落ちたとかも知れんです」と誰かが言った。
「そいはあるかも知れん、そいでんおいは誰かが犬は捨てたとやなかかと思いよる」そう先生が言うと、又生徒がざわついた。
「そいでさ、犬って聞いて思い当たらんね?」と問うた。
皆はハッとした。

最近学校に野良犬が住み着いていた。主に可愛がっていたのは上級生だったが、私達もたまにパンをあげたりしていた。
その犬を最近見かけなくなった事は皆知っていた。先生は続けた。
「あの犬かどうか判らんばってん、最近おらんやろ?おいはもしかしたらと思うとる」
皆しーんとなった。想像の域を出ないことだが、無い話ではない。
すすり泣く子も居た。

「テレビだ」と騒いでいた男子も俯いていた。
その日の最初の授業は急遽道徳の時間になり、「命について」勉強した。

昔は何かあると直ぐ「道徳」の時間になった。課題を読み、何が悪いことか、何がいけないことか、議論しあったりした。
最近は「道徳」の時間より理科の実験の時間より英語やダンスや算数の時間が多くなっていると聞く。
だからなのか、未成年による凄惨な事件が多いのは。
もちろん道徳の時間があっても事件は起こる。でも昔は少なくとも「殺してみたかったから」との理由で同級生を殺めたりしていなかったはず。
そして、教師による事件も増えた。子どもに道徳を教育しながら、実は教師も勉強していた時代だったのかも知れないと詮無い事を考えてしまう。

その後、犬を浄化槽に入れた犯人が誰だ、など憶測は飛び交ったが、結局は犯人はわからず、ただ「運動場脇のトイレから犬の骨が出た」という事が学校の怪談の様に残った。
そして、連続殺人犯も捕まっていないと思う。
願わくば、こうやって思い出した私自信がこの事を小さな棘として感じたのだから、あのときのどちらの犯人も大きな不安を抱えていて欲しいと思うのは叶わない事だろうか。