碧い鱗

青が好きです。魚の体を覆っている鱗の様に今の私を形成している想いでや出来事をチラチラと散りばめて書こうかと・・・

三本杉

自宅から山の稜線が見えていた。
町の外れにあるその尾根には三本杉と言われていた木があり、山の中腹の町を見下ろすように立っていた。
樹齢はわからないが、かなり古くから三本杉と呼ばれていたらしい。

その木は風景としていつもあり、特に気に留めて見ることは無かったが、ある日窓から山を眺めていると、
いつも三本見える木がその日は四本に見えた。

そこそこ遠いので、見間違いかと思って何度か角度を変えてみたが、やはり四本に見えた。
変だなとは思ったが、枝か何かのせいで四本に見えたのだろうと思った。
夕方になって、夕闇にシルエットで見えるようになった頃、また見てみたが、シルエットは三本だった。
「やっぱい、見間違いやったとね」と思った。

でも次の日も何気なく見てみるとやはり四本に見える。
三本杉は尾根から少し傾いて立っているのだが、そのうちの一本の木に寄り添うように四本目が見えるのだ。

私は祖母に、「三本杉のくさ、四本に見えるばい、木の生えたとやろうか?」と聞いた。
祖母は山を仰ぎ見て、「おいにゃ三本しか見えんばい」と言い
たまたま近くを通った近所の人にも「三本杉は三本あるね」と聞いてみた。
近所の人も同じようにみて、「うんさい、相変わらず三本たいね、なしてね」と言った。
「ユミが四本に見ゆってゆうけんさ、おいも目の悪かけん、みてもろうたと」と言って笑った。
近所の人は「おいも良うなかけんね、そいでん三本にみえたばい」と言って去って行った。

「おかしかね、四本に見ゆるとに。そいでん、夕方の影は三本にやっけん、うちが可笑しかとやろうか」
と首をかしげていると、祖母は「遠かけん確認にもいけんたいね」と言った。

それからも、ふと見上げると三本杉は四本に見えたり、三本だったりと私を悩ましたが、遠い場所の木の事なのでそのままだった。

私が四本に見えたと言っていたという話が町で自然と広まって、時々仰ぎ見ている人が居たが、それだけだった。
きっと皆、確認はするものの、やはり三本にしか見えず、「なんだ」と言う感じだったのだと思う。

ある日、衝撃的なニュースが舞い込んだ。
山菜取りに入った人が、偶々三本杉の辺りに行き、白骨を見つけたのだ。
そのニュースは瞬く間に町に広まった。
白骨は性別もわからない位古く、きっと三本杉で首を吊ったのだろうと言う事が分かるくらいだったそうだ。
カラスが騒いだりすれば判りそうな物と誰かが言ったが、田舎の山では獣が死ねばカラスが騒ぐので、まさか自殺なんてだれも思わず、
たとえカラスが騒いだ事があっても気にも留めないのだとも言った。
警察が来て、苦労して登り、又苦労して降ろして行ったと聞いた。
事件などめったに無い田舎なので、暫くその話で持ちきりだった。

祖母は「随分前のものんとんごたって、きっと見つけて欲しゅうてワイに見せたとやろか」そう言って、三本杉を仰ぎ見た。
「なして急に見せらしたとちゅ?」と聞く私に祖母は、「急じゃなかろ、ずっと見せよらしたとに、だいも気づかんやったとやろ、たまたまワイが気が付いたってことやろね」
と言って、ちょっと哀しそうな目で私を見た。
「見らんで良かもんまで見っとやろうね」そう言って仏壇に向かいお経をあげ始めた。

私は「見せられても、なんもしぃえんとに」そう思いながらいつもの様に窓から三本杉を見たが、発見された以降三本杉は三本にしか見えなかった。